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藤原紀香 エピソード&プロフィール

藤原 紀香(ふじわら のりか、1971年6月28日 - )は、日本の女優、女性タレント。本名、陣内 紀香(じんない のりか)。

兵庫県西宮市出身。所属事務所はサムデイ。身長171.8cm、B 88p、W60p、H89p、血液型A型。神戸親和女子大学文学部英文科卒。ミス日本グランプリ受賞者。資格は、英語検定2級、着物着付け3級など。 趣味は、女磨き、写真、釣り、加圧トレーニング、映画鑑賞、タンゴ、スポーツ全般、アロママッサージ。弟がいる(一般人の為、非公表)。夫はお笑い芸人の陣内智則。紀香の方が陣内より約2年8ヶ月年上。


【来歴】
■1971年、兵庫県西宮市生瀬地区(宝塚市近郊)で生まれる。

■1990年、親和女子高等学校卒業後神戸親和女子大学に進学。

■1992年、神戸親和女子大学在学中に、第24回ミス日本グランプリを受賞。

■1993年、東レ水着キャンペーンガール。

■1993年、朝日放送の関西ローカル番組ナイトinナイト『クイズ!紳助くん』の初代アシスタントに。1997年12月までの長期間の出演。

■1994年、アサヒビールイメージガールとして活躍。

■1995年、阪神・淡路大震災で被災し、「人生、いつ終わるかわからないから」と達観して上京。

■1997年、映画『CAT'S EYE』で、泥棒三姉妹の長女の泪(るい)役を演じる。

■1998年、フジテレビ系テレビドラマ『ハッピーマニア』に出演し高視聴率を記録した。

■2000年、香港映画『CHINA STRIKE FORCE』(邦題:スパイN)に出演。

■CMにも数多く出演し、過去「CMの女王」と言われたこともある(CM総合研究所のCMタレント年度別好感度ランキングで1999年と

■2000年に一位を記録)。特に、J-PHONE(現ソフトバンクモバイル)のCMは衝撃的で、世間の話題を呼んだ。J-PHONEは藤原紀香のCMの効果で、急激にシェアを伸ばした。

■2002年、日韓親善大使。

■2006年12月26日、お笑い芸人の陣内智則と2人そろって記者会見を行い、2006年12月10日に結納を済ませたこと、2007年2月17日に生田神社にて挙式を行うことを発表した。

■2006年、世界で一番ユーザーが多いソーシャルネットワーク、MySpaceをはじめる。

■2007年2月17日、生田神社で陣内智則と挙式(挙式の様子は非公開)。衣裳は十二単におすべらかし(陣内は束帯)、お色直しは白無垢に高島田(陣内は黒紋付袴)。

■2007年3月、ヒロインを務める予定だった舞台「ささやき色のあの日たち」(2007年8月)を「海外で別の仕事がある」として降板。

■2007年4月、「テレビブロス」の「2006年ドラマ版ラジー賞」の「ワースト女優賞」に選ばれた。(「だめんず・うぉ〜か〜」主演女優として)

■2007年4月10日、ホテルオークラ神戸での結婚披露宴(2007年5月30日予定)に先駆けて、加古川市役所にて陣内智則と入籍。この日が、今上天皇の結婚記念日だったため、皇室を意識した行動ではないかと一部から憶測を呼んだが、婚姻届を二人で提出しに行く為に、双方のスケジュールを調整した結果、偶然同じ日になっただけである。


【人物】
■中学時代はバスケットボール部に所属し、高校時代は落語研究会に所属していた。芸名は「親和亭かつお」だった。

■ドラマの役柄なども「悪女タイプ」の配役が多い。

■意外なことにピアスを全くしていない。また仕事で髪を染めることがあってもすぐに黒髪に戻すなど、意外と古風な一面がある。

■体型が峰不二子に似ている(『SRS』の番組内でコスプレした事があり、自身も50歳60歳になっても「峰不二子」の容姿でいたいと2007年2月16日の『スポーツニッポン』のインタビューで語っていた)。

■ミス日本グランプリの審査ではその体型の素晴らしさに、審査員からの質問を独り占めにしたほど。本人も「私ならボンドガールもできる」と自負があった。

■両親が和歌山県出身であり、よく紀ノ川周辺でデートしていたという。紀ノ川の香りが印象に残ったらしく、「紀ノ川」の「香り」からちなんで紀香と命名された。

■母親は紀香よりも大柄で若き日にはミスコンに出場したこともあるが、家族に反対され芸能界入りを諦めた。その為紀香の芸能活動にはとても協力的だという。2006年12月10日に結納の時に、報道陣に車に乗っている影武者として写真を撮られている。

■著書『藤原主義』(幻冬舎文庫、ISBN 4-344-40413-0)によると、芸能界デビュー当初は実家から新幹線や飛行機で仕事場に通っていたが、阪神大震災で親戚や知人を亡くして「やり残したことを後悔しながら死ぬのは嫌だ。これからは自分の夢に向かって生きていこう」と決意し、親元から離れて上京することを決意したとのこと。

■大黒摩季ファンを公言しており、カラオケではかなり歌うらしい。また本人とも親交がある。

■ラジオDJパーソナリティである玉川美沙と同年齢で同じ関西人という繋がりで親交があり、彼女の番組『玉川美沙たまなび』(文化放送)にもゲスト出演した。(2006年10月13日放送)


【国際活動や人道支援への協力】
持ち前の正義感から、国内外を問わず、恵まれない生活環境に甘んじる人々を救済しようという人道的支援や、平和を維持したいとする意欲が極めて高く、これに貢献すべく様々な活動を行っている。

■2002年には、韓国の女優金允珍( キム・ユンジン)とともにサッカー・ワールドカップ日韓共催大会の親善大使に起用され、両国の交流に貢献した。

■内乱後のアフガニスタンに赴き、戦災についてのテレビレポートを行ったほか、元々は趣味から身につけた写真技術を駆使して現地での取材を行い、2004年から2005年にはJICA(独立行政法人 国際協力機構)の『ピース・トーク・マラソン』に賛同して、写真展を日本各地で行い人道支援の寄付募集などのチャリティー活動に努めている。

■2006年には、国連スタッフと共に独立運動の混乱の最中であった東ティモールへ向かって写真取材を敢行し、後にニューヨーク市内で国家支援を訴える写真展を開催し、その開会式においてスピーチを行った。

■作家井上ひさしとの対談の際には、日本国憲法第9条は堅持すべきであるとする立場をとり、反戦平和を主張したが、2007年の東京都知事選挙で日本国憲法第9条改憲を主張する石原慎太郎のマニフェストに応援メッセージを寄せるなど、矛盾を呈している。


【スポーツに対する造詣】
■サッカーに関してはW杯の日韓親善大使以外にも、2002年10月から12月に横浜FCのユニフォームスポンサー(NORIKA NET)に就任したこともあった。現在もトレーニングウェアのスポンサーとなっている。横浜FCがセレッソ大阪と対戦した際(対戦当時はJ2に降格していた)、セレッソ(当時)の大久保嘉人に「(横浜FCのスポンサーに藤原がついたことなんて)関係ないです。おばさんには興味がありませんから」と言われたこともある。この発言には藤原のファンの抗議が寄せられた。

■格闘技にも精通し(格闘技そのものより、「男らしく強い男性(所謂マッチョ)」が好きという見方もある)フジテレビやTBSで放送される『K-1』の中継の司会を務めている(特に年末のグランプリには毎年の様に登場しており、これを見ないと『年を越せない』と言っている)。また、2003年からフジテレビが独占放映中の2年に1度の『世界柔道選手権』の司会も務めている。

■2004年、フジテレビのアテネオリンピックキャスターを務めた。

■中央競馬所属の「ロイヤルキャンサー」という馬の名付け親でもある。キャンサーとは蟹を意味し、藤原の誕生星座「蟹座」にちなんでいる。同馬の馬主は、藤原を支援してくれているイザワオフィス代表の井澤健である。

■高校時代にMBS毎日放送の選抜甲子園のセブンティーンリポーターとして出演していた。

■格闘技情報番組『SRS』の初代ビジュアルクイーンだったが、1999年に卒業。その際、藤原の卒業を祝って、アンディ・フグ、桜庭和志、フランシスコ・フィリォなどの著名格闘家が一堂に会し、それぞれエキシビジョンマッチや演武を披露した。そして、アンディ・フグが藤原に「あなたがこの番組を卒業しても、あなたは格闘技の歴史の一部です。いつまでも格闘技を愛し続けてください。」という言葉を贈った。藤原はそのことに心打たれたと、『ジャンクSPORTS』内で目に涙を浮かべながら語った。

■プロ野球に関しては、以前は巨人ファンの芸能事務所社長に配慮して巨人寄りの発言をしていたが、最近になって夫の陣内により実は阪神ファンだということが明らかにされた。


【お笑いに対する造詣】
■ブレイクする前に関西ローカルの『クイズ!紳助くん』の初代アシスタント(1993年10月から1997年12月)を務めたこともあり、その際に司会の島田紳助とトーク中心に絡んでいたことが彼女のお笑いに対する理解や、女優としてコミカルな演技を求められた際の演技力向上に寄与したとされている。

■才色兼備の女性がオタク青年と出会い最初は嫌悪感を示していたものの、その真摯な求愛姿勢に徐々に心を動かされてついには結ばれるという、ドラマ『59番目のプロポーズ』でお笑いタレント陣内智則とともに主役を演じた際、陣内と息のあったコミカルタッチな演技も披露して、このドラマのハッピーエンド同様に交際を始め結婚するに至った。

■陣内智則以外でも、『あなたの人生お運びします!』ではDonDokoDonの山口智充、『だめんず・うぉ〜か〜』では雨上がり決死隊の宮迫博之と、近年お笑いタレントとの共演が多い。


【雨女】
自身が「雨女」であると公言している。

■内戦後のアフガニスタンに赴いて取材訪問を行った際には、その従前3年間にわたって降雨のなかった彼の地に、恵みの大雨をもたらした。

■乾期のケニアに訪問した際には、例年の通り乾期中の飲料水確保に苦労していた現地の伝統民族マサイ族が大喜びするほどの降雨をもたらした。

■FIFAワールドカップ2002における日韓親善大使を務めた際には、職制上10回以上訪韓したが、晴れる日は皆無で、おしなべて降雨か降水確率の高い曇天であった。

■生田神社で挙式した際、当初の本人の予想通り雨天となった上、挙式後の記者会見が終わった瞬間に雨が降り止んだ。

(出典:Wikipedia)


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20070427-00000002-gen-ent
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