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タカアンドトシ エピソード&プロフィール

タカアンドトシは、北海道出身の漫才コンビである。1994年に結成し、吉本興業札幌事務所(札幌吉本)からデビュー。北海道で活動した後、2001年に上京し、吉本興業東京本社の所属となる。正統派しゃべくり漫才を繰り広げる。略称「タカトシ」

札幌時代のコンビ名の表記は「タカ&トシ」で、2001年の東京進出の際に「&」を「アンド」に変更した。


【メンバー】
タカ(本名:鈴木 崇大(すずき たかひろ)1976年4月3日 - ) ボケ担当。私立北海高等学校卒。
トシ(本名:三浦 敏和(みうら としかず)1976年7月17日 - ) ツッコミ担当。北海道札幌南陵高等学校卒。


【経歴】
・中学時代にコンビを組む。コンビを組む切っ掛けとなったのは、タカが通っていた中学校にトシが転校してきたことから。お互いに違う高校に進学するも、週末にはお互いの家でネタ作りを続けアマチュアとして活動。高校3年生の時に吉本興業札幌事務所主催のオーディションを受け、本格的にプロとして活動を始める。(吉本では次長課長などNSC13期がほぼ同期にあたる)

・当初は「北海道のお笑いを盛り上げよう!」を目標に、後輩のBコース、アップダウンらが次々と東京に進出する中、ローカルに根ざした堅実なお笑いで、今の札幌吉本の礎を築く。

・「欧米か!」のフレーズで有名だが、「欧米か!」の由来は漫才のツッコミのセリフからであり、「高校の旧友と再会」という漫才のなかでトシが「欧米か!」と頻繁にツッコむパターンがフィーチャーされたことから。そしてこのフレーズを足がかりにして2006年は結成以来最も忙しくなり、最高の年になった。

・平成19年2月10日に放送された日本テレビの「怪答紳士」において、初のMCに挑戦した。


【受賞歴】
■テレビ静岡主催 全国吉本若手漫才 優勝(1997年)
■笑いの金メダル(ネタバトル時)第10回金メダリスト(2004年6月)
■M-1グランプリ2004 決勝進出(4位)(2004年12月)
■爆笑オンエアバトル第7回・第8回チャンピオン大会優勝(2005年3月、2006年3月)


【芸風】
●最初は普通の掛け合い漫才だったが、「面白いけど、何かが足りない。」と言われ続けたため、現在のトシが連続で「○○か!」(欧米か!・女子か!・子供か!など)とつっこむパターンを生み出した(だが最近でも極稀に普通の掛け合い漫才もする)。最近では「○○か!」のネタを量産しているため「芸が荒くなった」、「普通の掛け合い漫才の方が好き」などの批判や意見もある。これ以外に、「笑っていいとも!」などゲスト出演の時は、ショートコントを披露する時もある。

●この「欧米か!」はお笑いでは明石家さんま、とんねるず、ナインティナインの岡村隆史、ウッチャンナンチャン、落語界では、三遊亭楽太郎、お笑い以外ではSMAPの中居正広や香取慎吾、丸山和也、吉幾三など色々な芸能人に気に入られている。しかしさまぁ〜ずの三村とかぶっているのか「欧米かよ!」と真似られることもあった。「欧米か!」以外にも「○○か!」には色々な種類がある(「昔か!」「大人か!」「子供か!」「女子か!」「居酒屋か!」など)。

●中盤からタカがトシに対してネアンデルタールや正岡子規、ガンジー、タピオカなどと茶化したり、ゴロの似たパターンやツッコミボケを披露する(「欧米」→「南米」、「女子」→「上司」など)。ちなみに、この時トシは上を向いている事が多い。

●また、ネタの中盤から終盤まで韻を踏んだツッコミボケをする(「子供か!」のツッコミに対して「衣か!」や「児玉か!」など)。加えて、オチでは2人で同時にツッコミを入れて終わる場合もある。

●この形式で漫才を作る際はツッコミのフレーズ(「○○か!」の○○の部分)を先に作ってから、それに合ったボケを付けるという形をとっている。

●このスタイルを確立するまでの漫才もかなり評価されていた。爆笑オンエアバトルでは無敗。M-1グランプリでは開催開始の2001年から連続で準決勝へ進出。2004年のラストチャンスでは遂に決勝へ進出し笑い飯と同率4位へ輝いた


【逸話】
■遠足のネタのオチは2種類ある。1つは「迷子になった後藤君が陰からひょこっと水死体で発見され、先生が『OH MY 後藤』と言う」パターン。もう1つは「迷子になった後藤君が陰からひょこっと出てきて『恥ずかしげながら帰ってきました』と言って敬礼する」パターン。前者は爆笑オンエアバトルで9回目の挑戦の時(結果:453KBで2位通過)などで披露。後者は爆笑オンエアバトルで16回目の挑戦の時(結果:509KBで1位通過)など今では殆ど後者を使用。

■テレビで披露する漫才の他にも単独ライブ等ではコントも披露する(ちなみにエンタの神様でのコントでは漫才と同じように「○○か!」ツッコミのコントをやっているが単独ライブ等で行うコントでは「○○か!」ツッコミのコントはほとんどない)。他にも2006年6月の漫才ツアーでは「ナルシスト漫才」「噛んだら終わり漫才」なども披露(このツアーで披露した「英語漫才」は2006年10月1日放送の笑いの金メダル2時間スペシャル内のコーナー「ボケモン」で披露)。

■ 2006年10月19日放送のうたばんでとんねるずの石橋貴明に「パプリカか!」、「赤ピーマンか!」と茶化された(パプリカは2人とも、赤ピーマンはトシのみ)。

■最近は「そーなんだ」が今年の新ネタとして定着しつつある。

■2006年10月に発売したDVDの「タカアンドトシ新作単独ライブ タカトシ寄席 欧米ツアー2006」が6万枚以上のセールスを記録。番組をまとめたもの(ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!など)以外では2005年2月に発売したアンガールズの「アンガールズ 単独LIVE 〜88〜」4万超え以来の快挙。

■最近はタカのつく嘘もネタになってきている(島田紳助にロシア人っぽいと言われ、お父さんがロシア人といって嘘をつくなど。直後にトシが「欧米か!」と突っ込む)。その嘘は特徴があり、実際にあったかのような嘘である。

■「お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル」でタカは歌がうまいがトシは下手だということが分かった。

■同番組で2回目出場したときには「トシに歌わせたから負けた」というようなことをMCたちに言われていた。

■「いきなり!黄金伝説。」(テレビ朝日系)でのカラオケで100点を目指すというコーナーにタカアンドトシが挑戦したところ、周囲の予想に反して最終的に100点をとったのはタカではなく森山直太朗の「さくら」を歌ったトシで、同曲を14回も歌ってやっとのことだった。

■2007年1月2日放送の芸能人格付けチェックにおいて、芸人からの選抜として、バラエティチームに選ばれるも、「映す価値なし」となってしまい、画面から消えてしまった。

■先輩として次長課長河本を慕っているが、実はほぼ同期である。(年齢は下)

■札幌吉本出身のタカアンドトシは、福岡吉本出身の博多華丸・大吉と何かにつけ比較される。

■両者共、吉本興業の地方事務所の1期生であり、看板タレントであった。タカアンドトシは吉本興業札幌事務所開設時のオーディションを経て、1994年に1期生としてデビューし、やがて札幌吉本を担う主力芸人となった。華丸・大吉も、吉本興業福岡事務所開設時のオーディションにより、1990年に1期生としてデビューし、瞬く間に福岡吉本を代表する売れっ子芸人となった。因みに両者共、吉本入りする際には、1回目のオーディションで落とされている。

■両者共、同期や後輩が先に東京進出を果たす中、近年満を期して上京し、2006年前後から全国区でブレークした。タカアンドトシは、後輩のBコース、アップダウンらが次々と東京に進出する中、2001年にようやく活躍の場を東京に移し、2006年前後から「欧米か!」のツッコミで、全国区でブレークした。華丸・大吉も東京進出では同期の竹山隆範(カンニング)や後輩のヒロシに先を越されたが、2005年にようやく上京し、とりわけ華丸が児玉清のモノマネを武器に、2005年にとんねるずのみなさんのおかげでした内のコーナー、博士と助手 〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜で優勝したことや、2006年の『R-1ぐらんぷり』で優勝したことにより、コンビ揃ってテレビに出る機会も爆発的に増え、一躍全国区の人気者となった。

■両者共、ツッコミ役に交際歴の長い彼女が存在する。タカアンドトシのトシには2007年2月現在で交際歴13年の彼女がおり、写真誌でも熱愛ぶりが報じられた。華丸・大吉の大吉も、交際して11年の彼女がいることを2007年1月のテレビ番組出演時に明らかにした。両者共、結婚間近とも言われている。

■2007年3月1日放送の「とんねるずのみなさんのおかげでした」では、タカが海外ロケの集合時間に約2分遅れてしまったため出川哲朗が「ドッキリしましょうか」と提案。石橋貴明がタカに激怒するドッキリを敢行。怒られたタカは一生懸命謝ったが聞いてもらえず、石橋が出川を殴ったりテーブルを蹴飛ばすなど怒りが収まらないまま時間が過ぎた(もちろん石橋の演技である)。しばらくしてから謝りに行った後、石橋がトシに突っ込まれネタばらしをし本人はようやくドッキリと知るが、緊張の糸が切れたタカは号泣してしまった。なおこのドッキリは突発的なものであったため、2人のマネージャーもドッキリと知らずに本気で謝っていた。

■テレビ朝日の「いきなり黄金伝説。」で、せんべいを1000枚食べる伝説に挑戦した。

【爆笑オンエアバトル】
■2001年に爆笑オンエアバトルの札幌収録で初出場するまで、全国ネットの番組での仕事は殆ど無かった。後に、東京に上京するきっかけになった番組と話している。

■2001年の初出場時は4位、その後は4回連続5位と綱渡りの状態だったが、第6戦以降からキロバトルが上昇。第11戦以降は1位が定位置と言えるほどまでになり(第17戦のみ2位で、1位はキャン×キャン)、第13戦から現在まで6連続オーバー500の記録も保持している。さらに、番組最多連勝の18連勝の記録も打ち立てている。チャンピオン大会ではルート33に続く2連覇を達成した。

■第9回チャンピオン大会では、「○○か!」を強調しない正統派漫才を披露したが、番組史上初の3連覇達成は成らず、後輩のNON STYLEにその座を譲り渡した。その後、タカはずっと下を向いて悔し涙を流していた(タカは漫才が絡むとやたら本気になる傾向がある)。

(出典:Wikipedia)


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20070406-00000062-sph-ent








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