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江頭2:50 エピソード&プロフィール

江頭 2:50(えがしら にじごじゅっぷん、本名:江頭 秀晴(えがしら ひではる)、1965年7月1日 - )は、日本のお笑いタレント。芸能事務所大川興業の所属にして同社の筆頭株主であり、かつ同社の前総裁でもある(現総裁は大川豊)。愛称は「エガちゃん」。血液型はB型。佐賀県神埼郡千代田町(現:神埼市)出身。九州産業大学経済学部経済学科中退。身長178cm。


【人物・来歴】
テレビではとにかく暴走する、暴走キャラ。スタッフから「今日は生放送だから何もしないように」と言われると、本人は脳みその独自のフィルターを通して「何かやれ!!」と解釈する(『誠のサイキック青年団』出演時の発言より)。しかし、これが江頭最大のセールスポイントであり、コアなファンを掴む要因にもなっている。また、これに関しては本人も、「客を引かせることが何より楽しい」と語っている。

芸人になったきっかけは、ばってん荒川に憧れたためである。2:50という芸名は、夜中に酒を飲んで酔いが回ると必ずと言っていいほど深夜2:50以降に暴れだし、ゲイキャラになることから名付けられた。

本人は大川興業に入社した経緯について、「大川興業の書類応募に、ラサール石井の本を丸写しして出した。こいつは天才だと言うことで面接に呼ばれた」、「面接でいきなり「持ちネタを披露してください」と言われ困った挙句、芸人になる前に経験したアムウェイの訪問販売を実演したところ、大ウケして採用された」とラジオ番組で語っている。

元々はコンタキンテと共に「男同志」というコンビを組み、「タモリのボキャブラ天国」等に出演していたが、コンタキンテが大川興業を退職しフリーとなったため、コンビは解消。2007年現在のスタンスは基本的にピン芸人だが、時々寺田体育の日と組んで「おやじ同志」として活動している。


【芸風・エピソード】
■テレビでは上半身裸に黒スパッツ姿がトレードマーク。そのスタイルとアクションはUSAのパンクロック歌手・イギー・ポップに由来しているという噂がある。また、一見同じに見える黒スパッツ(黒タイツだと思われがちだが、実際はチャコット製の黒いスパッツと黒い靴下)には、数多くの種類がある。

■先述したようにテレビでは暴走キャラであるため、いきなり出演者に体当たり(江頭アタック)し、暴言や説教をしたり、客席に飛び込んだり、男女問わず出演者にキスを強制するなど、とにかく徹頭徹尾暴れ回る。また、コンビ時代から学園祭などに呼ばれた際には必ずと言っていいほど全裸になっており、現在も録画番組でしばしば全裸になることもある。

■大川興業で行われている本公演と呼ばれる芝居では、テレビとは全く違った舞台役者としての江頭を見ることができる。役柄については真面目な好青年、狂気的なサラリーマンなど演技の幅は広い。

■卑猥で下品な芸風は、日経エンタテインメント!の「嫌いな芸人」ランキングにおいて前人未到の6年連続ダントツ1位に輝いている。また、江頭はこの他に「消える芸人」部門でも(一発屋と見なされる芸人が上位を占める中で)常に10位以内、ananの寝たくない男性芸能人ランキングでは常にベスト3、そして2006年、2007年には「嫌いな男」第1位など、数々のランキング調査に名を連ねている。

■テレビで描写される江頭しか知らない視聴者には蔑まれる傾向があるが、共演者の話や楽屋の隠し撮り場面などに現れる素顔の江頭は真面目で礼儀正しい常識人である(非常に大人しくて腰が低く、週刊文春の芸能人特集でも「店員が恐縮するほど礼儀正しい人」と記載されるほどである[2])。むしろ、真面目過ぎるために自身に対する期待を理解し、それを踏まえた上で暴走している、とも言える。

■「借金取りから逃げるために、畳の裏に穴を掘り部屋の外まで繋いだ」、「何かと巧妙に理由を付けられては、ついつい彼に金を貸してしまう」、「『「ぷっ」すま』に出演しようと、番組ホームページの掲示板に「エガちゃんだして:がっぺ25」と自作自演」、「大川総裁に PHS を無料でプレゼントし、GPS で行動を把握して楽しむ」などのアイデアを発想し、実行している。

■特技の一つに料理があり、『「ぷっ」すま』の料理企画で腕前を披露し、味見した料理の材料を細かく当てる等、味覚も優れているようである。更には学力においても優秀で、2006年10月のめちゃイケでは不祥事により転校(番組降板)した山本圭一に代わり、抜き打ちテスト企画・第5回『W.B.C(ワールド・バカ・クラシック)』決定戦に参戦。初参戦ながらも成績5位という成績で、万年最下位の濱口優を含む出演者達を驚愕させた。しかし、本人は勝手が分からなかったのか、笑いを全く取れなかった(結局2回しかイジって貰えず、しかもスベっている)ために酷く落ち込んでしまい、「俺、この番組に要りますか?」とネガティブな発言をした。

■草g剛やナインティナインなど、芸能界内にも多くのファンが存在し、彼らの出演する『「ぷっ」すま』や『めちゃ²イケてるッ!』には何度もゲストで呼ばれている。なお、『めちゃイケ』では準レギュラー扱いになっており、突然乱入してはゲスト出演者に「お前に一言もの申す!」と説教をするコーナーが設けられていた。

■「1クールのレギュラーよりも、1回の伝説」をモットーに掲げており、テレビ出演のたびに「伝説残してやるよ!」と叫ぶのが常となっている。そのため、大川興業仕込みの危ない橋渡り的やり方でネタを披露することが多く、特に『「ぷっ」すま』では大量の塩(塩の摂取致死量である30〜300グラムを遥かに超える量)を丸飲みしたり、ボトル3〜4本分のワインを一気飲みしたりするなど、下手をすれば死にかねないような行為を後先考えずに実行することが多い(※バイアグラ卒倒事件も参照のこと)。

■彼がテレビで広く知られるきっかけになった番組・『浅草橋ヤング洋品店』では、水中で息止めをして時間を測る企画(江頭グランブルー)で4分14秒の記録を出す(しかし、安全性の問題から再度の計測は行われなかった。なお、江頭はその後に大川興業の公演を控えていたが、周囲が代役をたててはどうかと懸念するほど、心神共に耗弱しきっていた)。また、同番組ではお菓子CMに出演した際のギャラ500万円を元に、ブローバ・カウンタック(ランボルギーニ・カウンタックのレプリカ)を新車で購入したものの、すぐに350万円で売り払った。

■『笑っていいとも!』に準レギュラー同然の扱いで出演していた時期もあった。しかし、ある日の番組中にゲストの橋田壽賀子が、「トルコに行ったら江頭のせいで同じ日本人という事で被害を受けた」(※トルコ全裸事件参照)と話し始めた途端、江頭は橋田を口止めするかのようにキスを行ったため、江頭はこの一件以降『いいとも!』への出入りを禁止されてしまった(橋田本人には激怒したような様子はなかった)。『ネプベガス』ではこれらに関する自分の体験を、オリエンタルラジオの「武勇伝」スタイルで披露した。

■ある番組の素人参加のコーナーにて、母親同伴で上半身裸・黒スパッツで、本人のものまねをする「女の子」が出てきたことがある(現在は諸般の事情により自粛)。ただし、当コーナーを仕切っていたヒロミはその際、「もう今日限りにしてね」とのコメントを残している。

■登場時のBGMは、布袋寅泰の『スリル』。元々は『笑っていいとも! クリスマス特大号』のモノマネ歌合戦において、ナインティナインの矢部浩之が江頭のモノマネをしてこの曲を歌ったことに由来する。江頭本人は、『イケてるCDTV』のコーナーで布袋のシングル・『サーカス』の PV のパロディーを披露したところ、後に布袋に自身の横浜アリーナでのコンサートに招待されたと語っている(その際、布袋は「俺のイメージがボロボロだぁ…」と冗談めいていたのだが、途端に江頭から首を絞められかけたらしい)。『「ぷっ」すま』や『アメトーク』に出演した際、プロレスラー・蝶野正洋の入場テーマである『クラッシュ!』が BGM として流れたこともある。

■実父は佐賀県で酒屋を営んでいたが、息子が有名になってから江頭2:45(えがしら にじよんじゅうごふん)の芸名で(勝手に)タレント活動を始めた。きっかけは、江頭2:50の地元の高校(佐賀県立鳥栖商業高等学校)の文化祭への出演依頼が父親の元に来た際、勝手に「スケジュールの都合で江頭2:50は来れない」と断り、父親自身が文化祭に出演したことによる。かつて裁判形式のバラエティ番組・『ウンナンの桜吹雪は知っている』 (TBS) にて、江頭が「父親が自分の芸をパクって、勝手に芸能活動をしている」として父親のタレント活動を抑制してほしいと訴え出るも、その後人権無視の暴言を連発したために敗訴した。なお、江頭2:45は2006年に息子の任期満了に伴う第3代大川興業総裁選に出馬しているが、落選した。なお、江頭2:45は福岡県立大川工業(おおかわこうぎょう)高校、江頭2:50は佐賀県立神埼高校を卒業しており、このことについて大川総裁は、「江頭とはユングの共時性を感じる」と語っており、大川の実家の隣家の名字が“江頭”であったことを明かしている。

■2004年2月に体調を崩し(本人がラジオで語ったところによると、「表情がなくなる病気・感情表現が出来ない病気」)、芸能活動を休止。その後同年9月に復帰するが、休業している間に髪が薄くなっていた。休業中に、生活のためにスポーツ新聞に掲載された「ヌードモデル募集」の広告を見て面接に行った際のエピソードをラジオおよび「電気グルーヴのモグラネグラ」で語っている。

■平成19年6月10日に放送された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』のコーナー・『おもしろ廊下歩きコンテスト』に出演した際、珍しく江頭の私服姿が公開されている。上半身裸に黒スパッツのイメージが強い彼だが、普段はニット帽にサングラス、古着のジーンズといった出で立ちで、スタイルの良さと相まって非常にオシャレで格好良く、ガキメンバーからは驚愕されつつも絶賛されていた。しかし、当の江頭はあまりそこには触れられるのは不本意であるようなリアクションをしていた。

■映画についての造詣が深く、3日に1回、年間約120回は劇場に足を運び映画を見るという。その知識を基にした『江頭2:50のピーピーピーするぞ!』の映画紹介コーナー・『エィガ一刀両断』は同番組の人気コーナーとなっており、紹介する映画のシーンを江頭が演じて再現するといった、映画紹介の手法をとっている。


《持ちネタ》
■左右狂い跳ね
意味もなくただ左右に倒れるように飛び跳ねる。下記の前のお約束として使われる。

■シャチホコ立ち(別名:エガちゃんブリッジ)
シャチホコのように顔を地面に付け、両足を揃えて上に向けて直立する。

■観客席ダイブ
雄叫びをあげながら、観客席に飛び込む。観客が怪我をすることもある。

■坐禅飛び
胡座をかいてジャンプする。

■アナル芸
肛門から小麦粉や水を吹きかける。

■江頭アタック(プロレス技のヒップアタック)
ターゲットへ尻を向けて飛んでいく。

■キレて全裸になる
文字通りである。テレビでは担当スタッフが局の上層部から始末書を書かされるほどの危険な芸。

■陰茎押し付け
文字通りである。かつてはテレビ出演時にもやっていたが、現在は即出入り禁止になる芸。

■「テポドン」(別名:ドーン)
スパッツに手を突っ込んで相手に体当たりする。後述のハッスルでも披露した。

これ以外に『アメトーーク!』では、モノマネも披露している(ただし、喋り方や表情を変えながら名前を言うのみ)。

また、腰を引いて両手を出す動作は、素人時代に勤めていたテレビ工場での工程のひとつ・「ブラウン管をカバーに入れ、次の工程に渡す(取って、入れて、出す)」の表現である。同僚たちはこのあまりの奇妙な動作を嘲笑していたが、江頭の主張通りにやってみた結果、スピードアップが図れるようになった。そして江頭が工場を辞める頃には、同僚の誰もがこの動作をしていたという。


【事件簿 〜1クールのレギュラーよりも1回の伝説〜】
ここに挙げるほとんどの伝説が、テレビ等というメディアの中で突如黒スパッツを脱ぎ、全裸になって性器を露出するストリーキングまがいの狼藉行動に発展している。

■鮭フェラ事件
1991年12月、ニッポン放送のラジオ番組・『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』での生放送中、江頭は中継で鮭のつかみ取りに参加し、生きた鮭に自分の性器をくわえさせている。ラジオだったために大事には至らなかったが、この一件は「鮭フェラ」として東京スポーツの一面でも報じられ、それまで無名だった江頭を世間に知らしめることとなった。

■トルコ全裸事件
江頭が引き起こした最も有名な事件であり、当時は大規模なニュース沙汰にも発展した。
・全容
1996年、江頭はテレビ東京の『ザ・道場破り!』の企画の一環として、オイルレスリング交流試合の会場に前座として乱入、3000人以上のトルコの観衆の前で一発芸を披露した。事前に準備した持ちネタの「座禅縄跳び」が予想以上にウケたため、江頭は調子に乗り芸をエスカレート。しまいにはふんどしを脱いで「3号機発射!」と叫び、毎度おなじみの全裸パフォーマンスを敢行する。そして肛門にでんでん太鼓を刺して逆立ちした瞬間、会場には一気にブーイングの嵐が巻き起こった。逆立ちしたまま退場した江頭は、その後トルコ警察に拘束され、当然ながらわいせつ物陳列罪で逮捕されてしまった(イスラム教国のトルコでは戒律の関係上、公衆の面前で全裸になることがタブー視されており、それを行うと逮捕される)。

トルコは戒律が厳しくないため、江頭は逮捕と罰金(日本円で75円)のみでことを済まされた。この話には後日談があり、その際居合わせたトルコの民衆が危うく暴徒になりかけたため[3]、江頭はほとぼりが冷めるまでトイレで身を潜めていたらしい。この件に対し、日本のトルコ大使館は「詳しい話は聞いていないが、決して嬉しい話ではない」とコメント。後にトルコ国営放送や地方紙に大きく報道された結果、日本はトルコ中からの笑い物となった。このことが日本でもマスコミに暴露された際、ニュースでは露木茂から「国辱者」と厳しく批判され、昼のワイドショーでも水前寺清子から「情けない、最低」とけなされた。

なお、このことについて大川豊は、個人的な意見として「彼だけ責めるのは冷静に見ておかしい」、「でんでん太鼓状態までかなり間があり、ふんどしを外した時点でなぜ誰も止めなかったのか」と述べており、「半分ブーイング状態でもネタを続けたのは、彼なりの焦りの現れではないか」と語ると、「というのも彼は'もそもオイルレスリングをするためにトルコ入りしたが、練習中に頭部を二針も縫う怪我をこうむり、やむなく急遽ネタをする運びとなった。この事件は誠実な迷惑をかけてすまないという思い、彼なりの負い目からことに及んだのではないか、件の VTR の江頭からはその様に感じる」と推察、「また、彼は現地コーディネーターに「SEX を連想することはタブー」と注意されていたが、自身は「オレのはもっとバカバカしい」と思っていたようだ」と証言している。

・影響
同時期に放送された『進め!電波少年』では、ある週のラストに「トルコの江頭はウチではありません」という注意書きが出た。これは当時の「電波少年」が“アポなし取材”を特徴としており(国内外の様々なところへタレントが押し掛け、騒動を起こす様を放送するスタイルだった)、トルコの全裸事件も「電波少年」によるものという誤解が生じたためと思われる(あるいは、それを逆手に取った制作側のギャグとも取れる)。

また、しばらく後に行われたトルコ国内の調査において、江頭は有名な日本人として第2位に選ばれた(第1位はオノ・ヨーコ)。

・事件後
2002年のワールドカップ日韓大会の際、江頭は六本木でトルコ料理店を経営する在日トルコ人に見つかってしまう。在日トルコ人から「お前があの江頭か!」、「トルコを応援したら個人的には許してやる云々」と言われた江頭は、贖罪のつもりでトルコ戦開催のスタジアムやトルコ料理店で必死にトルコを応援した。決勝トーナメントの日本VSトルコ戦でもトルコを応援している。この件について江頭は、開催終了後のライブにて「今年のワールドカップは日本・韓国・江頭の共催だった」と発言している。


■(やしきたかじんの顔面に)性器押し付け事件
関西ローカルの人気番組・『たかじんnoばぁ〜』に出演した際、江頭は椅子に括り付けられて身動きが取れないやしきたかじんに対し、顔面に性器を押し付けた。たかじんの東京嫌いがひどくなった原因として、一つに江頭に性器を押し付けられたこと、そして続編番組・『たかじんnoどォ!』で江頭絡みの狼藉事件をしでかし、当時の読売テレビ社長に叱責されたことがトラウマになった結果、東京に行ったらいつ江頭に会うか分からない恐怖に駆られているという説がある。


■泥レス性器露出事件
『とんねるずのハンマープライス』にて、江頭と泥レスができる権利がオークションに懸けられたことがある。落札者と泥レスの試合を行った際、落札者に黒スパッツを脱がされ、性器を露出させられた。なお、試合終了後にとんねるずから感想を聞かれた江頭は、「これっておいしいよね?」とコメント。このハプニングが面白かったのか確認している。


■総裁顔面嘔吐事件
飲み帰りの車中、江頭は助手席に座っていた大川豊に対し「総裁、総裁! こっち向いて!」と話しかけると、振り向いた大川の顔面にゲロを吐いた。大川が「何するんだ、江頭!」と激怒すると、途端に江頭は車から飛び出し逃走。そして、しばらくすると暗闇から、江頭が指を鳴らしながらやって来たという。


■北海ジャンジャン性器がぶりつき事件
フジテレビ深夜番組・『たまにはキンゴロー』の初回にて、江頭は酒乱王として番組内でスポットが当てられていた。たけし軍団の面々と飲みに行った結果、案の定酔っ払ってしまった江頭は、「僕は今から魚になって北海に潜りまーす!」と宣言し、北海ジャンジャンのパンツの中に頭を入れ、彼の性器にかぶりついた。周りの面々は江頭の尻毛に点火しジャンジャンから引き離そうと試みたが、それでも江頭は離れようとはせず、危うくジャンジャンの性器を食いちぎるところであった。


■『「ぷっ」すま』レギュラー獲得 (?) 事件
『「ぷっ」すま』でユースケ・サンタマリアと料理素材当て対決をした際、江頭はローリエなどの細かい材料までも言い当て、見事ユースケに勝利。その結果、ユースケからレギュラーの座を奪い、草g剛と共にg頭というコンビを結成した。その後は『「ぷっ」すま』宣伝のため、コンビでスタッフへのあいさつ回りや一般人へのアピールを行ったが、多くの人が江頭を見るやいなや敬遠し、ある女性の2人組からは「江頭は終わっている!」と暴言を浴びせられる。このことに逆上した江頭は、女性の前で露出行動に及び、草gやユースケがそれを止めようとした際に映像はストップし、「エガちゃん今までありがとう、そしてさようなら」のテロップとナレーションが流れることとなった。


■バイアグラ卒倒事件
1997年、中野駅に近いパブでホステス4人をはべらせていた江頭は、ブランデーの水割りを次々と一気飲みしていた。調子に乗った江頭は「一気飲みするゾ。オレは不死身だ!」と絶叫するやいなや、周囲のウケを狙ってバイアグラ5錠を水割りと共に飲み干し、その結果、当然ながら江頭は卒倒。救急車で病院に担ぎ込まれ、急性アルコール中毒と診断され点滴治療を受けることとなった(その後まもなく回復した江頭は、入院することなくそのまま自宅へと帰宅している)。この事件は一般紙を含むメディアで大きく報道され、この結果バイアグラの厚生労働省による認可が遅れたという伝説が残っている。これについて医療関係者は、「バイアグラは単独で服用しても、人によっては突然死の危険性をはらんでいるのに、アルコールと一緒に飲むとは自殺行為に等しい。回復したのは運がよかった」と語っている。後日にテレビでコメントを求められた専門家も言葉を失い、またしても水前寺清子から呆れられてしまうこととなった。その後、『めちゃ²イケてるッ!』に出演した江頭は「生きてて良かった」と発言。


■『ポンキッキーズ』事件
1998年夏、『めちゃ²イケてるッ!』にて子供番組・『ポンキッキーズ』イベント会場でのロケが行われた際、ポンキッキーズのキャラクター・Pちゃんに酷似したEちゃんの着ぐるみで会場に登場した江頭は、山本圭一と Folder (後の Folder5)とのダンス対決の最中、突如自らの性器を露出。会場には約6000人にものぼる一般の子供達が居合わせており、露出の際にすぐさま映像は伏せられたが、BGM の『シング』に合わせて Folder のけたたましい悲鳴などが放送され、画面が元に戻った後には茫然自失となった子供の姿が映し出された。なお、Folder の AKINA はその後『うたばん』に出演した際、「男性のアソコはもっと綺麗なものだと思っていたんですよ」と発言した。


■『ロンドンハーツ』事件
同番組のコーナー・「彼氏のためにやるキッス」のロケに江頭が仕掛け人として出演した。参加したカップルの女性は他の男性に次々とキスをするのだが、さすがに江頭とのキスとなると、女性の彼氏から次々と静止が入るようになった。しかし、その回数があまりに多かったため、業を煮やした江頭は露出を行い、ロケを見物していた女性の観衆に江頭が突っ込んだため、現場はパニック状態と化し、結果としてロケ自体が中止へと追い込まれる事態に陥った。


■浦和レッズサポーター大激怒事件
2000年7月、鳥栖スタジアムでサガン鳥栖対浦和レッズの試合が行われた際、ハーフタイムショーに江頭が登場し、左右狂い跳びとエガちゃん倒立を披露した後、「俺は(SMAP 中居の)27時間テレビを断ってここに来たぞー!」と宣言。これに鳥栖サポーターは大興奮し、試合でも鳥栖が2-0で浦和に勝利する空前の波乱劇を引き起こした。試合終了後、調子に乗った江頭は勝利者インタビューにおいて、「サガン鳥栖のためにばんざーい!! 浦和レッズなんてがっぺむかつく!!」と発言。すると、この暴言に激怒した浦和サポーターがフーリガンと化し、江頭への攻撃を開始してしまう。当の江頭本人は浦和のユニフォームを着てその場を脱出した。


■『クイズ$ミリオネア』暴動事件
2001年5月17日放送の『クイズ$ミリオネア』にて、江頭はスーツ姿にメガネの身なりで、サポーターの寺田体育の日と共に条件付きのもと、補欠枠で出場していた。補欠1位通過でスタジオ入りした江頭だが、試合の状況によりサイレンが鳴り放送時間が終了。それに不満を漏らした江頭は、突如着ていたスーツを脱いで全裸となり、(映像はほとんどカットされていたものの)観客席に上がり込んでエンディングを私物化する残念な行為に走ってしまった。当然放送後にはクレームが殺到した。


■モー娘。強制ディープキス事件
2001年、モーニング娘。がスペシャル番組・『モーニング娘。13人がかりのクリスマス』(きくち伸と片岡飛鳥の共同制作)に出演した際、番組のラスト、メンバーの紺野あさ美が座っていた四角の箱の中に隠れた江頭を発見すると江頭が「いよー!!」と絶叫し姿を現したため、メンバー全員が恐怖に駆られ逃げ惑った。江頭は標的をYに絞ると、Yを捕らえて押し倒すやいなや、彼女の唇に無理やりディープキスした(なお、映像はモーニング娘。の所属するアップフロントエージェンシーの社長の意向によってカットされている)。Yは号泣し、その結果モーニング娘。のメンバーから非難を浴びた江頭は、後日アップフロントエージェンシーの社長から厳重警告を受けている(当然ながら、この一件はモーニング娘。のプロデューサーであるつんく♂にも知れることとなった)。以降江頭とモーニング娘。の共演は実現していない。


■北朝鮮で禁句事件
2000年頃、江頭は大川豊と共にお笑いの勉強のために赴いていた北朝鮮で現地の放送局からインタビューされ、その模様が北朝鮮中に流されたことがある。また、その放送を傍受していた日本の放送局では「江頭が北朝鮮のテレビに出ている!」と大騒ぎになり、夕方のニュースで放送される事態となった。

また、江頭は2003年に再び訪朝した際、現地の人々と交流。そのパーティーの席で、当時流行していたテツandトモの「なんでだろう」の朝鮮語バージョンを披露。同行した通訳らの喝采を受けた江頭は、現地の人に友好の印としてステッカー(「なんでだろう」の楽譜がハングルで書かれている)をプレゼントした。しかし、乗車したバスの運転手がそのステッカーを胸に貼っていたため、江頭らは当局の事情聴取を受け、危うく反乱分子として身柄を拘束・逮捕されかけた。


■『ハッスル』事件
2006年の夏、プロレス『ハッスル』に江頭が現れ、左右狂いはねを披露すると「俺は伝説を残しにここ(『ハッスル』)にやってきたんだよ!!」とマイクパフォーマンス。そしてカンニングの竹山隆範よろしく「ここでう○こするぞぉー!!」と絶叫するやいなや、黒スパッツを下ろし尻と性器を露出してしまう。

(出典:Wikipedia)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20070904-00000923-san-ent

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江口洋介 エピソード&プロフィール

江口 洋介(えぐち ようすけ、1967年12月31日(※1968年1月1日説もあり) - )は東京都豊島区巣鴨出身の日本の俳優、歌手。駒込高等学校卒業。血液型O型。妻は歌手の森高千里。一男一女の父親である。


【人物】
映画『湘南爆走族』主役でデビュー。江口の芸名は本名であり、また映画の原作はすでにヒットしていた漫画作品であることから、この役名「江口洋助」との類似性は全くの偶然(ただ、役名と本名の読みが一緒だから当てられた可能性も考えられないことも無い)。当初は「えぐっちゃん」の愛称で知られていた。1987年の単発ドラマである『翼をください』(NHK)はドラマ主演デビュー作で、話題になった名作である。

実質的なデビュー作品はTVドラマ『早春物語』であり、他にも数本『湘南爆走族』以前の出演映像作品がある。が、初主演作ということや本人の思い入れが強いことからか、雑誌等での公式プロフィールでは『湘南爆走族』がデビュー作品扱いである。

1990年代初頭、『東京ラブストーリー』『愛という名のもとに』などトレンディドラマの常連として脚光を浴びた。当時は独特の長髪がトレードマークであり、アイドル的な人気を誇った。

1993年、1997年に放送された『ひとつ屋根の下』シリーズでは、それまでのクールな二枚目とは異なる役柄を好演し、俳優としての幅を広げていくきっかけとなる。その後は演技派俳優としての地歩を築いていった。

近時の役柄としては医師の役になることが多く、1999年、2001年、2002年・2005年(スペシャル)、2005年に放送された救命病棟24時シリーズではクールな進藤一生役を、また『白い巨塔』において高く評価された里見医師役に象徴される善人役が多い。映画『凶気の桜』の殺し屋役はどちらかといえば異色である。

もともとはシンガーソングライターで、『恋をした夜は』『愛は愛で』などのヒット曲もあるが、最近はあまり歌手としての活動はしていない。

趣味でバスフィッシングをたしなみ、かつてはシマノの釣り具のCMにも出演していた。また、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』において毎年一度行われるコーナー「芸能人釣り選手権」の常連でもある。1996年放映の第2回大会から、2004年の第10回大会まで毎回参加していたが、一度も優勝の経験はなく、そのことを毎度出演者たちにいじられている。ここ2年ほどはスケジュールの関係からか参加していない(2006年6月放映分現在)。

三谷幸喜に「見栄えがする」ということで出演打診をうけ、『12人の優しい日本人』に出演。舞台俳優としてデビューした。このときには「稽古には浴衣を着るのですか」「楽屋には暖簾をかけるのですか」という質問を三谷にした、というエピソードを三谷は自身の新聞連載に載せている。

アルバイト情報誌『fromA』に「有名人のアルバイト経験」を掲載するコーナーがあり「チラシ配りのバイトをしたが、面倒になって川に全部捨てた」という逸話を話していた。

(出典:Wikipedia)

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江守徹 エピソード&プロフィール

江守 徹(えもり とおる、1944年1月25日 - )は、日本の俳優、声優、ナレーター、劇作家、翻訳家。東京都世田谷区出身。本名加藤徹夫(かとう てつお)。血液型はA型。


【来歴】
芸名の由来は、フランスの演出家モリエールから。文学座に籍を置く。

東京都立北園高等学校卒業後、19歳で文学座に入る。風貌と演技力が買われ、次第に頭角をあらわす。以後、テレビや舞台において俳優・演出・台本などをこなす実力派俳優となった。特に実践から培われたシェイクスピアの演劇論は、かなり専門的で大学での演劇論の出前講座を受け持ったほどである。他、海外の戯曲の翻訳も手がける。

声の良さから数多くの番組、映画予告編等でナレーションを担当している。その最たるものは1995年のNHK大河ドラマ『八代将軍吉宗』での語り・近松門左衛門役であろう。朗読の分野でも、朗読劇やオーケストラとの共演などの活動を精力的に行っており、いずれも高い評価を得ている。

テレビにおいてはNHKクイズ番組『連想ゲーム』で珍回答を毎週披露していた。近年はバラエティ番組への出演も多く、俳優中尾彬とのコンビは有名である。以前『テレフォンショッキング』に出演した際に、「エモリン」といわれたこともある。2005年8月の24時間テレビ・愛は地球を救うの深夜コーナーでKABA.ちゃんに人工呼吸で起こされたことがあった。文学座の重鎮的な存在であることから、浜田雅功が出る番組に登場する際には「文学座の偉いさん」などと呼ばれることがある。

中尾彬とは気の置けない仲であり、番組やコマーシャルで共演することも多い。時にバラエティ番組などで口論することもあるが、あくまでもネタであるか、2人の頑固な性格によるものである。

酒豪としても知られており、酒癖の悪さは有名。脚本家のジェームス三木曰く「彼の酒癖の悪さで、銀座で出入り禁止になった店がたくさんある」。所ジョージには、「ホテルのロビーで酔っ払って大声で叫んで…。これがまた、通る声なんだよ」と、苦笑いしながら暴露される。

福岡放送制作の「所的蛇足講座」ゲスト出演時、自らを「出不精」「面倒くさがり」と評する。MCの佐藤正宏が「だって、ドラマの台本を書かれたりするじゃないですか?」と問うと、「あぁ、あれはワープロが出来てからだからね」とアッサリ。
又、大の通信販売好きで、健康器具に限らずあれこれTVで観て気に入った品物を注文するとの事。因みに江守に言わせると、「通販で気に入らない物があったって、返品しないよ。だって、(身振り手振りで)こんなでっかい箱から発泡スチロールで梱包された物を、こうやって…苦労してようやく商品を取り出そうとすると、細かい発泡スチロールがプスッと腕とかについて、『バカヤロー、手前!』って払っても、またプスッとついてさ…。そんな物を返品となったら、又大変な労力がいるんだよ!」等と、相当熱く語る。そんな江守の身振り手振り熱論に、MCの所ジョージ、佐藤、上原さくらは大受け。その際の視聴者向けカンペには、「江守、エンジン全開!」と表示された。

その通販で購入した、「背もたれを倒してTVを観る椅子」でワイン片手に映画「タイタニック」のDVDを観賞した感想は、「バカヤロウ!つまんねえな!」だったとか。

酔っぱらうと家に帰るのを嫌がり、散々ごねて周囲を困らせる。そんな時は周囲の誰かが奥さんに連絡をして迎えに来てもらう。奥さんの「てつおさん、帰りますよ」という冷静な言葉にだけは、酔っぱらって散々ごねていたのとは一転、「ハイッ」と素直に返事をして帰る。恐妻家ではなく愛妻家である。

また、愛煙家でもあり、両切りピースを愛飲している。

2007年2月末に脳梗塞で入院したが翌月にはパーティーに出席し、元気な姿を見せた。4月中に仕事復帰する予定である。

(出典:Wikipedia)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20070506-00000028-dal-ent
タグ:江守徹 俳優

えなりかずき プロフィール&エピソード

えなりかずき(本名:江成和己、1984年11月9日 - )は、東京都世田谷区出身の俳優、タレント。血液型O型。成城大学文芸学部文化史学科在学中。弟は同じく俳優の江成正元。171cm。


【人物・来歴】
■幼少時より子役として活躍。

■橋田壽賀子や石井ふく子が中核となっている橋田ファミリー(「石井ファミリー」とも呼ばれる)の一員である。かつては看板女優の山岡久乃が橋田ファミリーで最も人気があったが、山岡の死によって泉ピン子が看板女優になってからは、ピン子をおさえてえなりが橋田ファミリー一の人気者となった。

■童顔であり、子役時代と全く顔が変わっていない。

■2001年、つんくプロデュースの『おいらに惚れちゃ怪我するぜ!』で歌手デビューし、NHKの『紅白歌合戦』にも出場した。

■東海大学付属望星高等学校通信高校を卒業後、現役の時は早稲田大学第一文学部、上智大学法学部地球環境法学科を一般受験するも不合格。一浪後、成城大学と法政大学文学部史学科に一般入試で見事合格。

■趣味は、ゴルフとアマチュア無線。

■相当なドラゴンボールマニアで、『ダウンタウンDX』では同じくドラゴンボールマニアのウエンツ瑛士と互いにマニアックなクイズを出し合い、他の出演者やスタジオの観客をドン引きさせていた一面も。

■愛車はアルファロメオ・156。

■好きなブランドはルネ・ラコステ。

■近年ではいわゆる「最近の若者」らしくない容姿・趣味など、その特異なキャラクターが幅広い年齢層に受けている男優である。

■芸能人では珍しく学校にはほぼ毎日通っており、授業では最前列に座り、真面目に講義を聴いている。

■この年代のタレントにしては珍しく、携帯電話を所持していない事を公言している。

■小学校5年生で空手初段を所得している

■「ありえなりかずき」(『ありえない』と『えなりかずき』を融合させたもの)という異名も存在する。

(出典:Wikipedia)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20070612-00000212-yom-ent

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蛯原友里 プロフィール&エピソード

蛯原 友里(えびはら ゆり、1979年10月3日 - )は、宮崎県宮崎郡佐土原町(現・宮崎市)出身のファッションモデル、女優、タレント。パール所属。 身長168cm、血液型O型。 宮崎県立佐土原高等学校産業デザイン科を経て 九州産業大学芸術学部デザイン学科卒。


【プロフィール】
愛称: エビちゃん
生年月日: 1979年10月3日
現年齢: 27歳
出身地: 日本・宮崎県宮崎郡佐土原町(現・宮崎市)
公称サイズ(2006年時点)
身長: 169 cm / 5′ 7″
体重: 48 kg / 106 lb
BMI: 16.8(低体重)
スリーサイズ: 82 - 58 - 83 cm
股下: 80 cm / 31″
股下身長比: 47.3 %
靴のサイズ: 24.5 cm


【人物】
■高校時代はバスケットボール部のキャプテンを務めていた。

■特技は水泳。父親の厳しい指導を受け、小学校時代は地区大会の頂点にたったほどの実力の持ち主。

■そのため可憐なイメージとは異なり、逆三角形のスポーツ体型で腹筋が割れるほど引き締まった体をしている。

■愛称は「エビちゃん」。
本名よりもこちらでの知名度のほうが高く、新聞のテレビ欄などに「エビ」と省略されることも。
ゆりっぺや、ゆりちゃんや、エビ(押切もえや、山田優が呼ぶ)、エビユリとも呼ばれる。

■家族構成は両親と妹(双子)と弟。

■目標の人物はモデルのSHIHO。

■両手の親指を異様なほど外側に反らすことができるため、この反りを利用して指でハートの形を作るのが特技。

■O脚気味(蛯原本人談)。その為O脚に見せない立ち方を研究しているという。

■「蛯原友里」は本名である。学生時代のアルバムが写真週刊誌で公開されたことにより本人が発言。

■女性からは多大な人気を得ており、またモデルとしては男女ともに幅広い世代に知名度が高いが、その一方でネット上では「笑顔がいつも同じ、女優は向いていない」などといった批判もある。

【来歴】
■大学でスペースデザインを専攻し、卒業研究は老人福祉施設のデザインを同級生と共同で発表した。

■大学時代に行っていた福岡のデパートのセール用のチラシのファッションモデルのアルバイトを機に本格的にモデル業に目覚め、オーディションなどに参加。

■2002年4月に上京。

■ゼスプリゴールドキウイのCMオーディションでグランプリを受賞。坂口憲二とキウイを取り合う女の子役で注目を集める。

■ファッション誌『CanCam』の専属モデルとして活動中。雑誌の中で可愛い系コーディネートは「エビちゃんOL」と呼ばれ、エビちゃんOL特集は女子大生・OLを中心に人気を集めている(対するキレイ系コーディネートは山田優扮する「優OL」と呼ばれる)。男にもモテるファッションと定義しているが根拠は無い。『AERA』2006年4月10日号では、他のOLと同じ「ハズレ」のない無難な格好で、会社の先輩受けも上司受けも男受けも良く、友達の中で悪目立ちしないファッションとして、エビちゃんOLファッションが好まれていると分析している。

■マクドナルドのえびフィレオのCMに出演しており、当時えびフィレオは期間限定での発売だったが、「エビちゃん効果」のおかげか、ヒット商品となり、ついにはレギュラー商品の仲間入りとなった。

■2006年4月スタートのドラマ『ブスの瞳に恋してる』では、稲垣吾郎扮する主人公の構成作家の恋人役(彼女とは一文字違いの名前の人気モデル役・蛯原友美)を演じる。彼女曰く「本人役でもよかったかもしれない。」とのこと。

■彼女が身につけている服や雑貨、出演しているCMの商品がよく売れているために「エビ売れ」という言葉が生まれている。

■初めてマスコミ関係で「エビちゃん」という愛称で呼んだのは、毎日放送の情報番組『ちちんぷいぷい』総合司会の角淳一で、本家とされているCanCamよりも2ヶ月早い。(最初の表記方法は平仮名で「えびちゃん」であった。)このことは、蛯原本人が同番組2006年6月27日放送分でのインタビューで承認している。

■CanCam2007年1月号の撮影で人生初めてのサーフィンに挑戦し、抜群のバランス感覚を披露した。

(出典:Wikipedia)

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