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武蔵 エピソード&プロフィール

武蔵(むさし、1972年10月17日 - )は、空手の選手。格闘家。大阪府堺市南区赤坂台出身。身長185cm、体重102.2kg。血液型A型。正道会館所属。近畿大学卒。本名は森 昭生(もり あきお)。旧リングネームはムサシ。リングネームの由来は右も左も両方撃てる二刀流であることから。弟はキックボクサーのTOMO。


【ファイトスタイル】
かつてK-1ヘビー級において世界と闘える唯一の選手とされていた日本人選手。ヘビー級の中で外国人選手に見劣りのしないスピードとテクニックを持つ。武蔵流といわれる相手の攻撃をかわしながら放つカウンター攻撃や、ミドルの軌道でハイを打つフェイントキックで、日本のエースとして数多くの強豪と戦ってきた。ただミドルキックやパンチ打った直後にクリンチを多用し反撃を逃れる姿には批判もあり、また引いたところにパンチを合わせられて倒れる実質ダメージのないダウンも多い。さらに他の選手と比べて試合中にローブロー(下腹部への攻撃)を受けることが非常に多く、それにより反則勝ちになったこともある程。一部のファンの間では判定を有利にするため相手の反則行為を捏造(シミュレーション)しているのではないかという疑惑の声もあがっている。武蔵=テクニシャンという評価は、賛否が別れるところである。

最大の特徴はKO勝ちが少ない事である。自ら意図的に判定に持ち込むファイトスタイルの為、ミスター判定、判定王などと皮肉られることが多い。また、毎試合ジャッジによる微妙な判定決着のため、「ホームタウン(地元)でなければ勝てない」といった声や「試合がつまらない」、「プロ失格」といった批判が多い。武蔵自身は「トーナメントは判定でも勝たなきゃいけない」と判定狙いであることを堂々と公言してはいるが、結局ワンマッチでもそのスタイルは変わらない。また、日本人は外国人に、絶対的な腕力で劣っていることからの戦術だともしている。とはいえ、判定で勝つためにはフルラウンド(時には延長も)を有利に戦う必要があり、3年連続でスタミナ切れが原因で敗退したこともあることから、今後はスタミナの強化も課題である。


【来歴】
1995年9月3日、K-1 REVENGE IIでパトリック・スミスとデビュー戦を行い、2RKO勝ち。

1998年5月24日、K-1 BRAVES '98で佐竹雅昭と対戦し、5R引き分け。

1999年6月20日、K-1 BRAVES '99でカークウッド・ウォーカー(イギリス/王者)に3度目の挑戦(過去2度敗退)で、5R1:50KO(左ミドル)勝ちしWAKO PRO世界ムエタイヘビー級王座を獲得。

1999年10月3日、K-1 GRAND PRIX '99 開幕戦のGP1回戦で佐竹雅昭と再戦。1Rにダウンを奪われたものの5R判定勝ち。この判定に佐竹は激怒しK-1を去ることになる。2回戦では、ミルコ・"クロ・コップ"・フィリポビッチに2RKO負け。

2003年、佐竹雅昭が1994年に成し遂げた以来の、日本人として9年ぶりのK-1 GP準優勝(全試合判定勝ち)を成し遂げた。

2004年5月3日、新日本プロレス所属の柴田勝頼と異種格闘技戦を行い左ハイキックで快勝。この日、記者会見で柴田と乱闘したり、試合で倒れてる柴田に攻撃(反則)したりと一度だけプロレスを体験する。

2004年、K-1 GP準優勝(2年連続で決勝はレミー・ボンヤスキーに判定負け)。

2005年9月23日、K-1 WORLD GP 2005 in OSAKA 開幕戦でフランソワ・"ザ・ホワイトバッファロー"・ボタに判定勝ち。

2005年11月19日、K-1 WORLD GP 2005 in TOKYO 決勝戦では、1回戦のルスラン・カラエフには判定勝ちしたものの、準決勝のグラウベ・フェイトーザには後ろに下がった隙をつかれ左跳びヒザ蹴りでKO負け。

2006年4月29日、K-1 WORLD GP 2006 in LAS VEGASでセーム・シュルトに判定負け。

2006年7月30日、K-1 REVENGE 2006 K-1 WORLD GP 2006 in SAPPORO 〜アンディ・フグ七回忌追悼イベント〜でグラウベ・フェイトーザとリベンジマッチを行う。試合終了間際にダウンを奪われ判定負け。

2006年9月30日、K-1 WORLD GP 2006 in OSAKA 開幕戦で、GP初出場の新鋭ハリッド"ディ・ファウスト"に判定負け。

2006年12月2日、K-1 WORLD GP 2006 in TOKYO 決勝戦のGPリザーブマッチでピーター・アーツにKO負け。

2006年12月31日、K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!で元砲丸投げ選手ランディ・キムと対戦しKO勝ち。大晦日にようやく2006年の初勝利を挙げた。

2007年3月4日、藤本祐介と対戦。藤本が有利に試合をすすめたが決着が付かず延長になった。延長ラウンド、藤本の左ハイキックをまともに受けKO負けを喫した。K-1で初めて日本人相手に負けた試合となり、日本最強の座を藤本に明け渡す結果となった。

2007年8月5日、K-1 WORLD GP 2007 in HONG KONGで開催されたASIA GPへ出場。1回戦でパク・ヨンスのローキックが二度も股間に当たり深刻なダメージを負うもKO勝ち(相手が失神している中、さらに追い討ちをかけようとするという、今までの武蔵では見たことの無い行為があった)。準決勝でも王強のヒザが股間に当たりセコンドからタオルが投入されるが、「相手の反則による休憩中のタオルは無効」と裁定され続行。この休憩中に王強がリングを出たため試合放棄と見なされ武蔵の勝利。だがドクターストップがかかり決勝には王強が進出した。

2007年9月6日、9月29日に韓国ソウル市で開催されるK-1 WORLD GP2007開幕戦に主催者推薦枠での出場を狙っていたが沢屋敷純一に同枠を奪われ、6年ぶりに本大会から姿を消す事となった。


【獲得タイトル】
■カラテ・ワールドカップ '95 第4位
■WAKO PRO世界ムエタイヘビー級チャンピオン
■K-1 JAPAN GP 2001 準優勝
■K-1 JAPAN GP 1999、2000、2002、2003王者
■K-1 GRAND PRIX '96 ベスト4
■K-1 WORLD GP 2003 準優勝
■K-1 WORLD GP 2004 準優勝
■K-1 WORLD GP 2005 ベスト4


【人物】
■最初に石井和義(正道会館元館長)に用意されていたリングネームは「ケンシロウ」。それを拒否したところ、「ムサシ(当時)」の名を挙げられ半ば諦めで承諾。最初は本名を望んでいた。

■上記のように言われることが多いが、実際は佐竹雅昭が名付け親である。しかし佐竹雅昭はK-1と喧嘩別れしており、今ではその名を出すことがタブーのような扱いになっているため、上記のようなエピソードに差し変えられたと思われる。ちなみに佐竹がK-1と喧嘩別れしたきっかけは、皮肉にも1999年10月3日に行われた武蔵戦での判定を巡ってである。

■1998年5月24日のK-1 BRAVES '98から「武蔵」と漢字のリングネームとなった。

■月刊少年チャンピオンに連載されている『WORST』を愛読している。

■ヘヴィメタルを始めとしたロックが好きで、音楽バラエティ番組「ヘビメタさん」ではジューダス・プリーストの名曲Painkillerを熱唱していた。

■メタル好きが高じて、ヘヴィメタルバンド「LOUDNESS」に入場テーマ曲「The Battleship MUSASHI」を作ってもらった。その後、雑誌にてLOUDNESSのギタリストである高崎晃と対談している。

■俳優の玉山鉄二とP&Gの洗剤「ボールド」のCMで共演。

■格闘家になった理由は「強くなりたいから」ではなく「女の子にモテたいから」だったらしい。

■趣味はルアーフィッシング。

■「一休さん」の「新右衛門さん」で有名な室町時代の寺社奉行・蜷川新右衛門の子孫であり、また国際赤十字赤新月社連盟の発案者であり日本赤十字社の顧問であった法学博士・蜷川新のひ孫である。また、芸人の猫ひろしは遠戚。

■2006年、劇場版『仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE』に仮面ライダーコーカサス・黒崎一誠役として出演。本人は仮面ライダー好きらしく、舞台挨拶では「非常に光栄な事」と喜びのコメントをした。また変身ポーズも自分で考えたらしい。しかしこの年、K-1 WORLD GP開幕戦で敗退、リザーブファイトでも1Rでピーター・アーツに敗れるなど不甲斐ない試合が続いた為、映画に出る暇があったら練習しろと批判を受ける結果に。

■徹底した「判定狙い」のファイトスタイルから、格闘技界随一の批判の多い選手でもある。

■オートバイメーカー「ヤマハ」のイベントに出演する事も多く、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも姿を見せる。

(出典:Wikipedia)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20070907-00000048-sph-fight

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